東海道歴史探訪の旅「絵巻旅。」

箱根神社

伊豆山神社

三嶋大社

箱根神社

伊豆山神社

三嶋大社

箱根神社の第1鳥居 杉木が生い茂る箱根神社の境内 伊豆山神社の鳥居伊豆山神社の境内 三嶋大社の鳥居 三嶋大社の境内

三嶋大社
平家討伐の際、頼朝が百日祈願を掛けた三嶋大社。願いがかない勝利をしたことから多くの武将たちの武運長久の神として崇拝を集めることになります。

箱根神社
頼朝が平家に反撃をされ逃げ隠れた箱根神社。この社の別当や修験者が
頼朝に力添えをしたとされます

伊豆山神社
頼朝と政子が愛をはぐぐんだ場所として知られる伊豆山神社。

ヒメとジイの道中記(三所詣)

■ 出発の巻 その2

爺 「源頼朝の三所詣」とは、箱根神社・三嶋大社・伊豆山神社を詣でる旅の事です。これらはその時代「箱根大権現」「三嶋大明神」「伊豆山大権現(走湯大権現)」と呼ばれていました。
姫も源頼朝ぐらいご存知でしょう。平治の乱で平家に敗れた源氏の棟梁(とうりょう)、義朝の三男である頼朝は、命だけは助かり伊豆に流されてしまいました。彼が13歳のときです。流されたといっても島ではなく、伊豆の内陸部だったわけですが…、頼朝はこの地方の霊山である箱根権現(箱根神社)、走湯権現(伊豆山神社)、三嶋大明神(三嶋大社)に深く帰依したとされ、源氏の復興を祈願していたのです。
ここで土地の豪族 北条時政の娘、後の妻「政子」と出会い、34歳まで過ごし、愛をはぐくむことになります。ですが、時政には関係を猛反対されていたから走湯権現(伊豆山神社)でひっそりとデートを重ねていたのです。
頼朝と政子が愛をはぐくんだ場所として伊豆山神社は古くから縁結びにご利益のある神様として崇められてきました。
平家討伐の際は三嶋大明神に百日祈願を掛けた後に襲撃をし勝利をしたことから、三嶋大社は多くの武将たちの武運長久の神として崇拝を集めることになります。
その襲撃の後、平家に反撃をされ逃げ隠れた場所が箱根権現であり、この時この社の別当や修験者が頼朝に力添えをしたとされます。この時、妻を匿っていたのは走湯(伊豆山)権現なのです。
頼朝が平家討伐を果たし鎌倉幕府初代征夷大将軍となった後は、箱根大権現・伊豆山権現への参拝「二所詣」や、それに三嶋明神を加えた「三所詣」を頻繁に行ったそうです。愛をはぐくみ、武運を受け、ピンチのときに救ってくれたお礼だったのでしょうかねぇ。この「三所詣」は、その後の武家・公家の慣習になっていったのです。時代が進むにつれて三所詣は厳格な宗教的な意味合いから、物見遊山の色合いが濃くなり、逗留時の酒食、歌舞が華美なものになっていったといいます。三所詣では、鎌倉~箱根~伊豆を結ぶ道路の整備を進める一因でもあったそうです。

姫 ごめん…、半分聞いてなかった…。でもなんだか楽しそう!「物見遊山」しながらお参りをするのね?頼朝と政子が愛をはぐくんだ場所なんて素敵だわ!

爺 姫…。都合よくはしょり過ぎです…。

姫 何してるの?はやくカバン持って!行くわよ!!

今回の姫の旅のコース上にあるプリンスホテルはこちら

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